麻と聞くとまず繊維製品を思い浮かべるのではないでしょうか。事実、20世紀初頭の石油系の高分子繊維(ナイロン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタラートなど)が登場するまで、絹糸や綿と並び、麻繊維は広く使用されていました。
供給量は1990年には20億点でしたが、2010年には40億点(に増加しています。
(およそ200%増)。供給量はここ20年近く35―40億点に推移しています(2000―2017)[引用1]。
一方で市場規模は1990年から下降傾向にあります。この供給量の増加に対して、市場が縮小している原因は低価格なファストファッションの流行によるものと考えられています。
そして、京都工芸繊維大学繊維科学センターの名誉教授木村照夫博士の論文中ではこれらの繊維の消費とリサイクルの重要性について要約されています[引用2]。2004年ベースのデータによると、年間繊維総消費量が約206万トン(衣料品144万トン)で、194万トン近くが廃棄されるとされています。新しいものを買って、古いものを捨てると考えると、この消費と廃棄の量の関係は理解できると思います。しかし、この194万トンのうち126万トンが家庭から排出される衣料品が占めており、リユース、リサイクルをのぞいてゴミとしてその後廃棄されるのが、98万トンとされています。このような背景から、サステイナブルな素材の利用が求められています。
今求められるサステイナブルファッション
大量消費社会を支えてきた高分子材料でありますが、環境への負担を考えてサステイナブルな社会(https://www.benesse.co.jp/brand/about/about_sustainability/)を目指し麻繊維の利用がますます注目されています。サステイナブルファッションとは、自然環境や限りある資源を考慮した持続可能(サステイナブル)な素材を用いたファッションを指します。麻繊維の回帰を考えるにあたって、その始まりは1960年代に流行したヒッピー文化まで遡ります。ヒッピー文化とは、平和と愛の重要性をといて、自然への回帰を謳った文化です。
アメリカ先住民にインスパイアーされたハンドメイドのアクセサリーをつけて、平和を表すピースマークや自然の花をモチーフにした服を着こなしたファッションはサステイナブルファッションの先駆けと言えます。
食品分野においては、ファストフードへの懐疑的な論説や健康志向、自然思考を考慮したオーガニック野菜が90年代から取り沙汰される一方で、天然素材の服飾がヒッピー文化を重ねられることで、食品業界ほど流行らず、いい印象を与えませんでした。
そんな背景があるなか大きな転機が起こったのは、2005年のニューヨーク・コレクションで、サステイナブルファッションショー「Future Fashion Show」が開催されました[引用3a]。ファッションショー向けの服なので一般の人が手にする、身に着けるような仕様にはなっていませんが、明らかにファッション業界に新たな方向性を与えました。2008年にも「House of Organic Sustainable Fashion Show」と呼ばれる、サステイナブルファッションショーが開かれています[引用3b]。そして、現在までに、サステイナブルファッションは大きなステージを用意されるようになり、多くのファッション企業で天然素材として麻の利用に関心を集めているのは確かです[引用4]。
実は、プラスチックより繊維が問題?
最近、プラスチックの問題を取り上げるときによく目にすることが多くなった、海洋生物がプラスチックをくわえている写真がありますね。
あまりに衝撃的な様子で、プラスチックに対しての規制および、紙ストローの導入など、ますます関心の高まっている問題ではあります。しかし、あの写真で目にするプラスチックと同様に問題視されているのが、海底に溜まっている繊維素材なのです。実は、マイクロプラスチック全体の60%が洗濯によって流れ出た糸くずが原因だと言われています[引用5]。この糸くずは排水処理場を通過して、淡水(河川)へ流れ、最終的には海に流れるわけです。繊維材料は、洗濯の段階からマイクロプラスチックと呼ばれる繊維を目で見えないくらいの細切れ状態で海に流れるわけですから、海洋汚染につながっています。海洋に浮かぶプラスチックが問題ではないというのだけでも驚きなのに、大部分は生活からでる繊維ということに驚かされます。身の回りにあるプラスチックは海洋中で分解されにくい、また、比重が軽いことから海に浮かんでしまいます。事実、海洋に浮かぶプラスチックを問題視している多くの論文の海水の回収は、船からサンプルチューブで取得し、網ですくっているのですから、糸くずが採取されにくいのは当然です。
合成繊維ではこの分解にプラスチック同様に時間がかかります(プラスチックに比べれば、加水分解しやすいが、それでも長い)。しかし、麻のような植物繊維だと微生物が分解できますし、海洋生物の体内に入っても無害です。こういった環境問題に対してもまた、麻繊維が注目されているわけです。堆積する繊維素材も自然由来であれば、海洋汚染も防げるわけです。
サステイナブルな染色
次に、ファッションを科学的に考える上で、染色について考えることになるでしょう。現代の服飾産業の大部分において、安価で染めやすいために、化学薬品が使われています。事実、世界中の厳しい基準をクリアしてきたわけですから、衣服として利用する際に、人体への影響は皆無と言ってもいいでしょう。しかし、海洋に流れる問題があること、その環境問題への関心が寄せられていることから、天然由来の染色をのぞむ声が大きくなっています。歴史的に見ても、草木染めを始め、効率的に抽出した天然染料も使うことは可能です。たんぽぽから染めた繊維なんかもきれいな黄色にそまっていますし、玉ねぎ染はみなさん昔から聞いたことがあるかもしれません。一般的に、天然の繊維は水酸基と呼ばれる(極性の)化学構造をもつため、染色はしやすい材料です。染色によっては、原料の過剰供給による環境破壊がなければ、導入には苦労しないと考えられます。
まとめ
ファッションもまた化学製品に移行されて久しいです。以上説明したとおり、麻繊維と環境は製造、使用後も含めて密接なつながりを持つわけです。環境に優しい繊維として、再生PETやPE繊維が含まれることがあります。この環境に優しい繊維の定義や取り扱いは学会や科学雑誌ごとに異なります。世界の各国の流れは、統一した素材を使うことでリサイクルコストを下げること(単純に、集めて溶かして、成形して、再利用できる)、リサイクルやリスースの推奨とそのための素材の長寿命化(古着屋にある服が新品まで行かないにしても、長く使える素材であること)です。これは全く悪い考えではありません。むしろ、現状できる最善手でしょう。しかし、その後の海洋汚染のリスクは拭えません。これらを考えると自然由来の麻繊維を使用するメリットや利用拡大を考えるきっかけになればと著者は願います。
合わせて読みたい記事はこちら↓
引用元
2020年1月の経済産業省の繊維産業の現状と経済産業省の取組https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/fiber/pdf/200129seni_genjyou_torikumi.pdf)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mcwmr/21/3/21_140/_pdf
a). https://www.nytimes.com/2005/03/20/business/yourmoney/wearing-ecopolitics-on-your-sleeve.html
b). https://www.treehugger.com/style/house-of-organic-sustainable-fashion-show.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000363.000014225.html
https://www.americanscientist.org/article/plastics-plastics-everywhere
コメントを残す